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十五  アンナの前におけるイエズス


 夜中ごろ、イエズスはあかりのともされた建物の前の庭を通って、小さな礼拝堂ほどの大きさの広間に引かれていった。入口正面には、アンナが二十八人の議員に取り囲まれて、高い台の上に座っていた。数本の階段がその高座についていた。

 イエズスはなお、自分を捕縛した兵卒たち数人に取り囲まれ、獄吏たちにむち打たれながら、階段を数段追い立てられて登られた。広場の他の場所は兵卒、あらゆるいやしい民衆、罵倒を続けているユダヤ人、アンナの僕、アンナが駆り集め、後にカイファの所でも見かける一団の証人たちでいっぱいになっていた。

 アンナは救世主の到着をしびれを切らして待ちかねていた。かれは教義の純粋を監視し、大祭司の所で、告訴の役を果たす裁判所のかしらであった。

 イエズスは青ざめ疲れ果て、ぬれ汚れている着物を着ていた。手は縛り上げられ、獄吏に縄を引かれ、頭を垂れ、黙々として立っておられる。年老いたアンナはまばらな頬髭を生やし、やせ細った悪人で、軽蔑と冷たいユダヤ人的傲慢に満ちてそこにいた。半ば笑いながら、なにも知らぬ風をよそおい、つかまえられてきた人間が、イエズスであるのを聞いて、さも驚いた振りを見せた。かれが主に語りかけたことは、言葉通り言うことはできないが、大体次のようなことであった。「おい、こちらを見ろ!ナザレトのイエズスよ!おまえがそうか。おまえの弟子はどこにいるのか。おまえの大勢の信者たちはどこへ行った?おまえの王国は一体どこにあるんだ?おまえたちの風向きは大分変わってきたね!恥知らずのお仕事もとうとうおしまいというわけだ。今まであきるほど、冒涜や、安息日破りを眺めてきたんだ!どこにおまえの弟子たちはいるのかい!黙っているね。
 話せ、扇動者!まどわし者!おまえはもう過越しの羊を定められている習慣にまったく反した方法で、また時間に、また場所で食べてしまったではないか。おまえは新しい教義をひろめようというのか。一体だれがおまえに教える権利を与えた。おまえはどこで勉強したんだ。話せ。おまえの教義はなんだ。しゃべろ!語れ!」

 イエズスは疲れた頭を上げ、アンナを見て言われた。「わたしはあらゆるユダヤ人の集まっている所で、公然と語って来た、ひそかに語ったことはない。なぜわたしに尋ねるのか。わたしが話したことを聞いた者から聞いたらよいではないか!かれらは確かにそれを知っているはずだ。」

 この言葉にアンナの顔は怒りと軽蔑にゆがんだ。近くに立っていた兵卒のうちの卑劣なおべっか使いがこれをチラッと見た。そして拳固を固めて、「きさまは大祭司さまにそんな答えをするのか。」と言いざま、主の口と頬を恐ろしく殴りつけた。イエズスは烈しく殴られ、よろめいた。さらにすかさず、荒々しい獄吏は主をむちゃくちゃに引ったくった。主は階段に横ざまに倒れた。そして顔からは血がほとばしった。軽蔑と呟き、笑いと嘲りの声が広間に満ちた。かれらが主を乱暴にふたたび引き起こすと、主は静かに仰せられた。「もし、わたしが間違ったことを言ったなら、それを証明せよ。しかし正しいことを語ったのなら、なぜわたしを打つのか。」

 救世主の冷静そのもののお姿は、アンナをすっかり立腹させてしまった。かれはそこに居合わせた者に、イエズスの要求に従って、その聞いたことをしゃべるように命じた。するとあらゆる下劣の民どものとりとめのない叫びや悪口が湧き起こった。「こいつは、自分は王だ、神は自分の父だ、と言った。ファリザイ人は姦通者だとぬかした。こいつは国民を煽動した。安息日に悪魔の助けを借りて病人を癒した。オフェル街の住民どもはこいつのためにすっかりのぼせ上がった。やつらはこいつを救世主とか、預言者とか呼んでいる。こいつは自分を神の子だと言っている。この野郎は神から遣わされた者のように話している。こいつはエルサレムに禍を呼び、街の滅亡を語った。
 こいつは大斉を守らず、不浄の者や、異邦人や、税取りや、罪びとといっしょに食事をした。この野郎は大群衆をその供に連れていた。たった今しがた城門の前で、こいつに水を飲ませた男に、決してふたたび渇くことのない永遠の生命の水を与えてやろうと言った。こいつはあいまいのことを言って民衆をまどわした。こいつは人さまの金や物を浪費し、自分の王国のあてにもならないことをくどくどと言っていた。」

 これやあれやの非難は、入り乱れて主に浴びせかけられた、かれらは前に出て来て侮辱の言葉を吐きながら、主の面前でこのように口々にわめき散らした。獄吏どもはそのたび、主をあちこちと突き飛ばし、「しゃべろ!返事をせんか。」と怒鳴った。アンナや議員たちはその合間に次のような嘲りの言葉を浴びせかけた。「そうか。これでわしらも、おまえの教義を聞いた、さあおまえの答えを聞こう。それが今国中どこでも聞ける教義か。おまえになにか言い訳が立つかね。王にして神に遣わされた者よ。なぜ命令せんのだ。さあおまえの使命の証を立てろ。」偉い議員たちが発言するたびに、かたわらにいた奴隷や、他の者たちは改めて主を引き回し、突き飛ばし、嘲弄した、主を拳で殴りつけたあの無礼な男のまねをみなやって見たかったのだ。イエズスはよろめかれた。アンナは冷ややかに嘲笑った。「おまえは一体何物だ。おまえは一体何たる王、何たる遣わされし者なのだ。わしはおまえを名もない大工の小せがれだと思っていたんだぞ。それともおまえは火の車に乗って天に行ったエリアか。かれはまだ生きていると言われているが、おまえはまた自分の姿を見えなくすることができるそうだが、実際おまえはときどき、消え失せてしまったな。それともおまえはマラキアかな。あまえはいつもこの預言者のことを自慢してよく自分にあてはめていたじゃあないか。かれには父がおらず、かれは天使で今でもほんとうに死んでいないと言っている者もいるぞ。いやまったく詐欺師にとっちゃ、マラキアになりすますに越したことはない。おまえは一体何という王さまか、今言って見ろ。おまえはソロモンより偉いのか。おまえ自身そういったじゃないか。よろしい、おまえに王国の称号を許してやる。」こう言って、アンナは長さ半メートル、中指三本ほどの書くものを出させ、前に据えてある盤の上に拡げ、芦のペンで数行の大きな文字を書いた。それからその書きつけを巻いて小さなひょうたんの中に入れて栓をした。次にそのひょうたんを芦につけて救い主の手に持たせた。そして嘲りながら言った。「さあ、おまえの王国の王笏だ。それにおまえの称号や、地位や、権利が書き記されてある。さあ!これを持って大祭司さまの所へ行け。大祭司さまは、これでおまえの使命と王国とを知り、おまえの地位にふさわしく、おまえを待遇してくれるだろう。さあ、こいつの手を縛り上げろ。そうしてこの王さまを大祭司さまのところへ連れて行け。」

 かれらはイエズスの手をゆるめていたが、告発状の書かれている嘲弄の王笏を主に与えた後、ふたたび主の両手を胸に交叉して縛り上げた。かくしてかれらは主を荒々しく引き立て、爆笑し、罵倒のうちに広間を出て、カイファの家に引いて行った。





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